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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)4539号 判決

原告 光和電気株式会社破産管財人 宮原守男

右訴訟代理人弁護士 大橋堅固

被告 朝倉孝治こと 呉鳳昊

右訴訟代理人弁護士 岡和男

主文

被告は原告に対し金九七万円及びこれに対する昭和四〇年六月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一) 訴外光和電気株式会社(以下破産会社という)は昭和三九年八月三日頃不渡手形を出して支払を停止し、同年九月二日破産を申立てられ、昭和四〇年二月二日東京地方裁判所において破産の宣告を受け、同日原告はその破産管財人に選任された。

(二) しかるところ、被告は右支払停止後たる昭和三九年八月一七日破産会社から破産会社が訴外興生商事株式会社(以下興生商事という)に対し同年二月二二日より同年七月一日までの間に売掛けたポリバリコン代金合計金一一、三六八、〇〇〇円の債権譲渡を受け、翌一八日破産会社より興生商事に対し内容証明郵便による書面を以て右債権譲渡の通知がなされた。

(三) しかして被告は右譲受債権の内入弁済として昭和三九年一二月一〇日頃興生商事から金九七万円を受領した。

(四) ところで、右債権譲渡については、破産会社は被告より何等の対価を取得しておらず、全く無償でなされたものであるから破産法第七二条第五号の場合に該当する。仮りに有償、すなわち被告のいうように、右債権譲渡が交換的に破産会社の訴外会社豊化学工業(以下豊化学という)に対する債務を消滅させる効果をもつものとしても、右のような債務消滅の方法は破産会社の義務に属しないものであるから同条第四号の場合に該当する。仮りに義務に属するものとしても、被告は右債権譲受の当時支払停止のあったことを知っていたのであるから同条第二号の場合に該当する。仮りにそうでないとしても破産会社は右債権譲渡により破産債権者を害することを知りつつ敢えてこれをなしたものであるから、少くとも同条第一号の場合に該当する。

(五) よって原告は右債権譲渡行為を否認し、被告の現に受けた利益の限度において金九七万円の返還を求めるとともに、訴状送達の日の翌日たる昭和四〇年六月一四日以降完済に至るまで右金額に対する民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

と陳述し、「被告の自白の撤回に異議がある。右自白を利益に援用する」と述べ、

立証として、〈省略〉。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

(一) 請求原因(一)記載の事実は認める。

(二) 同(二)記載の事実のうち、原告主張のような債権譲渡の通知のあったことは認めるが、その余の事実は否認する。原告主張の債権は被告が取締役をしている豊化学が破産会社から譲受けたものであって、被告個人が譲受けたものではない。すなわち豊化学は当時破産会社に対して金一、九一六、六〇四円の売掛代金債権を有していたので、その弁済のために破産会社から右債権の譲渡を受けたものであって、被告個人としては破産会社との間に何等の債権債務関係なく、従って破産会社より債権譲渡を受けるべき筋合いはない。被告はさきに、被告が右債権の譲受人であることを認めたが、真実に反し、かつ錯誤に基づくものであるから、右自白を撤回する。

(三) 同(三)記載の事実のうち、被告が原告主張の頃金九七万円を受領したことは認めるが、右は当時倒産状態にあった興生商事の負債整理に被告が協力した謝礼として興生商事の代表取締役山口一郎個人より受領したものであって、原告主張のような趣旨で興生商事から受領したものではない。

(四) 以上の次第であるから原告の否認権行使は全く理由がない。

と述べ、

立証として、〈以下省略〉。

理由

(一)  請求原因(一)記載の事実は当事者間に争がない。

(二)  そこで進んで按ずるに、昭和三九年八月一八日破産会社より興生商事に対し内容証明郵便による書面を以て原告主張のとおりの債権譲渡の通知がなされたことは当事者間に争がないが、被告は当初「被告が昭和三九年八月一七日破産会社から、同社の興生商事に対する原告主張のポリバリコン売掛代金債権金一一、三六八、〇〇〇円を譲受けた」ことを自白し、後これを撤回したのに対し、原告は異議を述べるから、まずこの点について判断する。成立に争のない甲第一号証、証人岡原国雄の証言及び被告本人尋問の結果を綜合し、これに本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、

「被告が取締役をしている豊化学は当時破産会社に対して金二〇〇万円に近い売掛代金債権を有しており、被告個人としては別に破産会社との間に債権債務関係はなかったのであるが、被告は代表取締役でなかったとはいえ、豊化学の実権者として事実上の主宰者であったところから、右債権の回収を策し、それには破産会社の債権者等との駈け引き上、会社名義を以てするより被告個人名義を以て破産会社から同社の興生商事に対する前記債権の譲渡を受けるのが得策であると考え、自ら、被告個人を譲受人とする右債権譲渡通知書(甲第一号証)の原案を作成し、これによって破産会社の代表取締役岡原国雄を慫慂して右債権譲渡を納得させたうえ、興生商事に対してその旨債権譲渡の通知をなさしめた」ことを認みることができ、右認定の事実によれば、被告の意図するところは、前記債権譲渡の経済上の効果を豊化学に帰せしめるにあったとはいえ、法律上は外部に表白されたところに従い、被告個人を右債権譲受の主体として律せざるを得ないから、被告の前記自白を、真実に反しかつ錯誤に基づくものとして、その撤回を許すことはできない。

(三)  次に被告が昭和三九年一二月一〇日頃興生商事の代表取締役山口一郎から金九七万円を受領したことは当事者間に争がないところ、原告は、右は被告の前記譲受債権の内入弁済にあてるため授受された旨主張するのに対し、被告は、興生商事の負債整理に被告が協力した謝礼として興生商事の代表取締役山口一郎個人から支払われたものであって、右譲受債権とは関係がない旨抗争するから、以下この点について考えてみるに、まず証人山口一郎、同岡原国雄の各証言によれば、前記金九七万円は、右譲受債権、すなわち破産会社の興生商事に対する前記売掛代金債権を放棄することを交換条件として、興生商事の代表取締役山口一郎より被告に支払われたものであることを認めることができ、右認定の事実によれば、この金九七万円は、結局において、興生商事が破産会社に対する前記債務を消滅せしめるため、債権譲受人たる被告に対して支払ったものと断ぜざるを得ない。もっとも証人山口一郎の証言により成立を認め得る乙第二号証中念書と題する部分には「興産商事の整理における協力謝礼金として金九七万円を被告に支払った」旨、また確認書と題する部分には「金四七万円は被告の立替金として、金五〇万円は諸掛外として、山口一郎個人において支払をなしたことを確認する。旨の各記載が存するが証人山口一郎は尋問の際、右協力謝礼金、立替金、諸掛外の意味またはその内訳等について明確な説明ができず、なかには答弁をなし得ないものもあった次第で、しかも同証人が「乙第二号証は、結局においては、被告の指示の趣旨に従って同証人がそのまま記載したに過ぎない」旨供述しているところからすれば、右乙第二号証は被告の前記主張を肯定する資料となすの価値なく、この点に関する被告本人の供述ももとより信用に値せず、他に被告の右主張を肯認して前記認定を覆すに足る証拠はない。

(四)  以上説示のとおりとすれば、本件債権譲渡行為は結局において豊化学の破産会社に対する債権と対価関係に立つものと認められるから、無償行為ということはできないが、破産会社が豊化学に対する右債務を消滅せしめるにつき、その方法として被告に対し本件債権譲渡をなすが如きは、まさにその義務に属しないものということができるから、本件の場合は破産法第七二条第四号に該当するものとして、破産管財人たる原告において否認権を行使し得るものというべきである。

(五)  しからば、原告が本件債権譲渡行為を否認して被告に対し該行為により被告の現に受けた利益金九七万円の返還を求めるとともに、訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和四〇年六月一四日以降完済に至るまで右金額に対する民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由ありとしてこれを認容すべきである。〈以下省略〉。

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